自家培養軟骨とは
軟骨組織はケガなどで一度損傷を受けると自然には治らない組織です。このことは1743年にHunterという医師が述べているほど、昔から知られていました。もし、手を切ってしまっても傷は治りますし、骨折してもきちんとした処置を行えばつながります。それなのに、なぜ軟骨は治らないのでしょうか?実は軟骨組織には血管がないのです。手を切ったり、骨折した場合には出血が起こります。血液の中には、傷を治すのに必要な様々な細胞が含まれているうえ、細胞を増やすための栄養(成長因子あるいは増殖因子と呼ばれます)も含まれているのです。これらの成分が傷を治す働きをしています。しかし、軟骨組織にはもともと血管がありません。したがって、軟骨組織が損傷を受けても、それを治すための細胞も、細胞を増やすための栄養も供給されないので、軟骨は自然治癒しないのです。
このように、自然に治ることが難しい軟骨組織ですが、軟骨細胞には増殖する能力があります。そこで、患者さまの軟骨組織の一部を取り出し、軟骨細胞が増殖できるような環境を整えて作られたのが自家培養軟骨です。そして、軟骨欠損に自家培養軟骨を移植することで修復が期待されます。
軟骨は体のどこにあって、どのような役割をしているのかご存知でしょうか?軟骨というと、骨の軟らかいものと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実は軟骨と骨は全く性質や働きが違います。軟骨は膝や肘などの関節の骨の表面を薄く覆っていて、関節の動きを滑らかにする役割を担っています。関節の軟骨は、硬くて弾力性があり、なおかつ滑らかな軟骨(硝子軟骨といいます)でできており、その滑らかさはアイススケートで氷上を滑る際の10倍ともいわれています。そのため、軟骨の耐久性はきわめて高く、関節を動かしても軟骨組織が磨り減ることはほとんどないのです。しかし、ケガや変形性関節症で軟骨が失われると、しばしば歩行も困難なほどの痛みを生じます。
事業化の背景
一度損傷を受けると自然には治らない軟骨欠損を治療することは、整形外科学の長年の目標でした。広島大学医学部の越智光夫教授は、軟骨に損傷を受けた患者さまから軟骨を少量採取して研究室で培養軟骨をつくり、再び手術で欠損部へ戻す治療法(自家培養軟骨移植術)を確立しました。J-TECはこの方法に早くから注目し、越智教授から培養方法の指導を受けて製品化に向けた開発を行い、培養軟骨として日本最初の治験(臨床試験)を実施しました。なお、本事業の開発の一部は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の委託開発事業として採択され、平成20 年2月にその開発結果に対し、成功認定を受けました。
培養方法
整形外科の専門医によって、侵襲の少ない関節鏡手術で膝の軟骨が少量採取されます。この軟骨を、ゲル状のアテロコラーゲンと混合して立体的な形に成型した後、培養します。約4週間の培養期間中に軟骨細胞は増殖し、軟骨基質を産生して本来の軟骨の性質に近づいてゆきます。この方法は三次元培養法と呼ばれ、軟骨細胞が本来持っている性質を維持したまま培養できる、とても優れた方法です。
実用化について
自家培養軟骨は、2012年7月、整形外科領域では国内初となる再生医療等製品として、膝関節の外傷性軟骨欠損症と離断性骨軟骨炎(変形性膝関節症を除く)を対象に国から承認されました。更に、2013年4月より保険が適用されています。
日本における再生医療は、2014年11月に「医薬品医療機器等法」ならびに「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行されたことをきっかけとして、製品開発、臨床応用がスピードアップしています。
開発者インタビュー
- 広島大学学長 越智 光夫 先生
Mitsuo Ochi, M.D., Ph.D. -
軟骨欠損治療のための再生医療を行う世界的権威。専門は膝関節外科、スポーツ医学、再生医学。組織工学的手法を用いた関節軟骨欠損に対する治療を1996年より日本で開始。J-TEC自家培養軟骨の開発を支援。
広島大学学長 整形外科医、日本
膝関節内の荷重部における関節軟骨欠損の手術方法として、現在、自家骨軟骨柱移植術や自家骨膜移植術などが試みられていますが、いずれも一長一短があります。私たちは、自家軟骨細胞とアテロコラーゲンを用いて軟骨細胞が持つ基質産生能を損なわない培養方法を確立し、実験結果に基づき、アテロコラーゲン包埋・自家培養軟骨移植術を考案して臨床応用を開始しました。
子供からお年寄りまで軟骨を損傷された幅広い年齢の患者様が、日本中どこの病院でもこの術式を受けられるように、この培養方法をJ-TECに技術移転いたしました。J-TECには日本の再生医療分野のトップランナーとしてさらなる技術を向上させ、質と安全性の高い製品を社会に還元する使命があると考えます。この軟骨再生のための移植術が日本はもとよりアジア諸国、そして欧米をはじめ全世界に普及することをJ-TECに期待しています。