自家培養角膜上皮とは
人間の五感のうち、もっとも情報量が多いものは視覚です。角膜は眼の表面を覆っている膜で、視力を妨げないように透明度の高い構造をしています。また、角膜のもととなる細胞は角膜輪部(瞳の周辺の部分)に存在し、ここから新しい角膜ができます。
角膜に重度の障害を受けた場合、患者さまにわずかでも正常な輪部が残っていれば、その輪部組織から角膜上皮細胞を分離・培養することにより自家培養角膜上皮をつくることができます。これを移植すれば、従来治療法のなかった患者さまの根本治療が期待できます。
開発の経緯
眼の各部名称化学傷や熱傷により輪部の細胞を失うと、周囲の結膜細胞によって角膜の表面が覆われます。しかし、この異常な治癒では、角膜に血管が入ってきたり、慢性的な炎症をきたしたりして、瘢痕と呼ばれる状態になります。輪部幹細胞を完全に失うと、最終的に角膜が不透明になり視力を失ってしまうのです。
輪部にある角膜上皮幹細胞が完全になくなってしまった輪部欠損症は、自家輪部移植を行わなくてはなりません。すなわち、反対側の正常な眼から輪部の一部をもってくるのです。しかし自家輪部移植は、健常眼からの広範な輪部採取(輪部の30~40%)が必要であり、その眼への障害が危惧されています。また両眼の輪部が障害を受けている場合には適用できません。
一方、障害を受けた角膜実質を治すには、アイバンクなどからの角膜移植しか治療的手段はありません。ただし、角膜移植時に自己輪部の角膜上皮幹細胞が残っていることが、移植の成功に不可欠です。輪部の角膜上皮幹細胞が欠損している場合に角膜移植を行うと、角膜細胞ではなく結膜細胞が角膜を覆い、予後不良となります。
輪部の細胞が失われている患者さまには、安全で、有効で、かつ効果が長期間継続する治療法は存在しなかったのです。
イタリア モデナ大学のGraziella Pellegrini博士とMichele De Luca博士らは、培養表皮の分野で古くから活躍し、臨床応用を数多く実施してきました。同博士らは表皮細胞培養の技術を角膜上皮細胞に応用し、1997年(平成9年)に 世界で初めて自家培養角膜上皮を臨床応用し、英国の医学雑誌Lancet誌に発表しました1)。重症のアルカリ外傷患者2名に移植し、2年以上の経過観察を行い、良好な結果を得ました。
Pellegrini博士らはこの論文で、角膜と輪部の表面をすべて覆うための上皮が、1mm2の輪部小片から培養で得られることを示しました。1mm2の輪部小片採取が健常眼におよぼす危険性はほとんどありません。J-TECでは、株式会社ニデックからの委託を受け、Pellegrini博士とDe Luca博士からこの技術を導入し、自家培養角膜上皮を開発しました。
また、J-TECは、イタリアの角膜バンクであるベネトアイバンクからは、培養角膜製品に関する技術情報並びに製造方法等のノウハウの提供を受け、日本を含むアジア全域の国において、当該ノウハウを独占的に使用して培養角膜製品を製造・販売等する権利を保有しています。
1)Pellegrini G. et al., Lancet, 349, 990-993 (1997).
実用化について
自家培養角膜上皮は、2020年3月、眼科領域では国内初となる再生医療等製品として、角膜上皮幹細胞疲弊症(ただし、スティーヴンス・ジョンソン症候群、眼類天疱瘡、移植片対宿主病、虹彩症等の先天的に角膜上皮幹細胞に形成異常を来す疾患、再発翼状片、特発性の角膜上皮幹細胞疲弊症の患者を除く)を対象に国から承認されました。更に、2020年6月より保険が適用されています。
日本における再生医療は、2014年11月に「医薬品医療機器等法」ならびに「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行されたことをきっかけとして、製品開発、臨床応用がスピードアップしています。
開発者インタビュー
- Graziella Pellegrini, Ph.D.