自家培養表皮とは
小さな切り傷や擦り傷が数日で治癒することからも分かるとおり、皮膚は体の中で最も再生能力が高いもののひとつです。
表皮細胞は、旺盛な細胞増殖力で速やかに傷口を覆うことができます。しかし、皮膚が広範囲に失われた場合は、周囲からの正常皮膚の細胞増殖による再生が間に合わないために、生命の危機に直面します。救命するためには、早急に受傷部位全体を何かで覆う必要があります。受傷部位を覆うには、動物や他人の皮膚を一時的に用いることも可能ですが、最終的には体内で異物と認識され、免疫反応により拒絶されて脱落してしまうため、自分の皮膚を用いることが最適です。実は、自分の正常皮膚を受傷部位に移植する「自家植皮術」は、紀元前から施行されている最古の臓器移植なのです。
皮膚が広範囲にわたって失われた場合、移植するために十分な面積の正常皮膚が得られないことがあります。そこで、正常な皮膚から増殖能力が優れた表皮細胞を取り出して人工的に培養し、皮膚のようにシート状にしたものを受傷部位に移植する培養表皮移植の技術が開発されました。培養表皮を受傷部位に移植することによって、水分の保持や感染防御といったバリアとして機能する表皮を再生することができます。
- 表皮とは
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ヒトの皮膚は、宇宙における宇宙服と同様、地球上においても生体内と外界とを遮断する目的で、体表面を隙間なく覆っています。皮膚を組織学的にみると、表面から表皮、真皮及び皮下組織の順番で層を形成しています(図1)。皮膚の総面積は成人で平均1.6m2、総重量は皮下組織を含めると約9kgに達するため“最大の臓器”ともいわれます。皮膚の内部には多くの付属器官が存在し、皮膚1cm2あたり、100の汗腺、100の毛包、20の皮脂腺やその他の表皮付属器、数mにおよぶ血管、200以上の神経及び神経終末が含まれています。
皮膚は、生命維持に重要な役割を担っています。熱傷(やけど)などで皮膚が広範囲に失われると、体温の維持や水分の保持といった生体の恒常性機能(ホメオスタシス)に重大な支障をきたします。さらに、外界から侵入する菌による感染症が原因で命を落とす危険性も高まります。
実際に水分の保持や感染からのバリアとして機能するのは、皮膚の最も外側に存在する表皮です。しかし、皮膚の顕微鏡像でわかるとおり(図2)、外界からのバリアとして存在する表皮は0.1〜0.3mmと極めて薄いものです。この表皮の中で防波堤の役割を担うのは表皮細胞(ケラチノサイト)です。表皮下層に存在する表皮細胞は、増殖を繰り返し、皮膚の表面に物理的にも化学的にも強靱な角化層(細胞内が硬いケラチン線維と呼ばれる物質で充満した状態)を形成し、バリアとなるのです。一方、真皮は線維芽細胞から産生される弾性コラーゲン性間質から構成され、皮膚の伸縮性や弾力性をもたらすとともに、毛細血管に富み、表皮との協調的作用も持っています。
事業化の背景
1975(昭和50)年、米国ハーバード大学医学部のHoward Green 教授らは、ヒトの正常表皮細胞の培養方法を確立しました。彼らはヒト表皮細胞を培養する際に、特殊な細胞(3T3-J2細胞)を使うことで、きわめて良好な培養環境を作り出したのです。この方法によると、ヒトの表皮細胞が十分に増殖し、皮膚類似の膜状構造を呈し、さらに、この膜状に培養された培養表皮が臨床応用され、種々の皮膚欠損症例に有用であることが明らかになってきました。
1983(昭和58)年、重症熱傷※を負った米国の2人の幼児に対して、わずかに残った皮膚から培養表皮を作製・移植した実績が、大きな注目を集めました。J-TECは、患者さん本人の細胞を培養することで得られる培養表皮により、免疫拒絶反応を引き起こす可能性が少なく、あるいはドナーを待つ必要もない新しい移植医療の第一歩として、自家培養表皮の開発を、会社設立直後から開始しました。
重症熱傷とは、生命に影響をもたらす可能性が高いと考えられるほど広範囲におよぶ熱傷のことをいい、種々の分類によって数値的に定義されています。また顔面や気道の損傷、種々の骨折、その他電撃による損傷なども重症熱傷という定義に含まれます。
J-TECは、培養表皮作製に関する基本技術について名古屋大学大学院医学系研究科の上田実教授の指導を受けた後、培養表皮の開発者である米国ハーバード大学医学部のHoward Green教授から直接指導を受けると同時に、同教授から前述の特殊な細胞である3T3-J2細胞の譲渡を受けました。加えて、自社で自家培養表皮の開発を進める過程においては、Green教授のもとで実際に細胞培養を実施してきたMichele De Luca 博士(現イタリア モデナ大学教授)から、実務レベルでの詳細な技術について直接指導を受け、品質の高い培養表皮を作製する技術と経験を蓄積してきました。
実用化について
自家培養表皮は、2007年10月、日本初の再生医療等製品として重症熱傷の患者様を対象に国から承認されました。更に、2009年1月より保険が適用されています。7年に亘る市販後の全例使用成績調査を経て、自家培養表皮の適応対象として、2016年9月には先天性巨大色素性母斑、2018年12月には表皮水疱症が加わりました。
日本における再生医療は、2014年11月に「医薬品医療機器等法」ならびに「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行されたことをきっかけとして、製品開発、臨床応用がスピードアップしています。
開発者インタビュー
- Howard Green, M.D.
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再生医療における表皮幹細胞生物学の世界的権威で、Green型培養表皮の開発者。1970年代にマウスの線維芽細胞と共に培養して表皮細胞シートを作製する手法を開発した。
故 ハーバード大学医学部名誉教授、アメリカ
(Howard Green教授は、2015年10月31日に逝去されました。)
私が培養表皮作製の手法を開発したのは1970年代でした。1984年には、重症熱傷の幼児2人に対してわずかに残った皮膚から5千〜7千cm2の培養表皮を作製・移植して成功し、世界的に注目されました。あれから20年以上経ち、この技術が日本の再生医療の発展においても重要な役割を果たすことになりました。
J-TECのことは以前から潜在能力の高い企業であると認識しており、本社施設を訪問してその将来性を確信しました。日本のみならず、世界中における細胞治療/再生医療等の分野で力強い牽引役になると信じています。 - 聖マリアンナ医科大学 名誉教授
熊谷 憲夫 先生 Norio Kumagai, M.D., Ph.D. -
培養表皮を用いた臨床治療の世界的権威。専門は形成外科、再生医療。
聖マリアンナ医科大学 名誉教授、日本
私は、1980年代から米国ハーバード大学医学部のHoward Green教授が開発した自家培養表皮の研究を行っており、1985年に日本で初めてのGreen型自家培養表皮を用いた重症熱傷の治療を報告しました。これまでの四半世紀で、熱傷をはじめ、瘢痕や白斑、母斑など600例近い症例に自家および同種培養表皮による治療を臨床現場で実施してきました。
自家培養表皮の特長として、小さな皮膚組織から大量に培養できること、また患者自身の細胞を培養し、本人に移植することから拒絶反応のリスクが極めて低いことが挙げられます。一方、患者自身の細胞を培養するため、細胞の増殖能力には個体差があります。その個体差を補うために、Green型自家培養表皮では、3T3-J2細胞をフィーダーとして細胞を増殖させる優れた方法を用います。
わが国において、再生医療製品を実際に使用した経験のある医師の数は、極めて限られています。J-TECには、細胞採取、細胞移植術および移植後の患者ケアなどを医師が適切に治療できるよう、医師および医療機関への情報提供、教育、啓蒙活動を積極的に進めるなど、再生医療を普及させるための仕組みを構築していくことを期待しています。 - Michele De Luca, M.D.
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再生医療における表皮幹細胞生物学の世界的権威。重症熱傷の治療のために欧州で初めて培養表皮幹細胞の移植を行った。
Modena and Reggio Emilia大学教授、イタリア
J-TECの自家培養表皮および自家培養角膜上皮の品質向上のための支援を行っています。
幹細胞を扱う新しい技術開発により再生医療の将来性は有望です。今後、再生医療はさらに発展し、将来は医療の主要な選択肢となるでしょう。完全にとは言えませんが、臓器移植に取って代わるものとなるに違いありません。再生医療に関わるJ-TECのようなバイオテクノロジー企業は非常に大きな可能性を秘めています。J-TECの優秀なスタッフは、これまでの幹細胞やメラノサイトを保持する培養表皮の研究開発を通して、豊富な経験を重ねてきました。彼らは再生医療の産業化においても必ず成功すると私は確信しています。現在および将来にわたってJ-TECは再生医療分野で重要な役割を担っていくことになるでしょう。